新型コロナウィルスが世界的なパンデミック状態の流行になって、欧米諸国で国境封鎖され、国が分断される事態になっています。
私自身の生活にも大きな負の影響は受けているのですが、自分自身はコロナによる健康被害は受けていないし、すこぶる良好な体調であるため、なんだか進行する事態を映画を眺めるように、リアリティを感じずにいます。
グローバルな社会になったということは、二つの側面があると思いました。
一つは実際に人間や物質の実態が国境を越えて行き交うという側面。もう一つはテクノロジーの発達が促した情報という時空を超越した概念が、国境を越えて寸時に世界を駆け巡るという側面。
ウィルスが影響を与えるのは、前者の物体としての人間に対してです。
今回の新型コロナウィルスの流行でつくづく思ったのは、当たり前だけれども、人間は実態であるということ。実態でのあり様を制限されると、今や、滞りなく流れることによって成り立っている、世界全体でまるごとでひとつの生命が絶たれてしまうのではないかという危惧です。
もう一つの側面の情報は、実態から益々離れて空回りしています(その良い例がマーケットの混乱)。
ウィルスは自己増殖できず、新たな寄生主の存在がなければ、自らも死滅してしまいます。グローバルな人間の流れをせき止めることが、ウィルスに新たな寄生先を与えないための今のところ唯一の方法です。
ウィルスは、もしかしたら「反グローバル社会」の騎手なのかも知れないと、暇にあかして妄想を抱いてしまいました。
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