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母の声

 「今どこ?東京?いつ帰るの?」

 これで今日5回目、年末年始でショートスティをしている認知症の母からの電話です。

 「お母さんは一月4日まで**園よ。」「月初めに帰省したでしょう。だから帰らないよ。」

  この繰り返しです。

 認知症の母は5分前のことも忘れてしまうので、今の会話も彼女の脳には記憶されず、ふと、娘がいつ帰省するのかが脳裏に浮かぶと、不安になって電話してくるのだと思います。

 母の認知症の症状を見ていると、記憶がなくなるということは、こういうことなんだなあと感じます。

 不安です。

 時空間の感覚がなくなることで、自分の実存が脅かされ、何度も何度も確かめたくなるのだと、母との対応から気づきました。

 そして記憶がないために間違った思い込みをします。

 それを否定したり、過去のことを教えたりしても、本人には記憶がないので、曖昧で要領得ないような返事が返ってきます。

 いっそ、彼女の言っていることをすべて肯定し、受けれれればいいのかとも思いますが、

 そうすると埒が明かなくなることもあって、その都度心が葛藤します。

 今回は5回目にさすがに納得したようで、「4日までここにいるのね。」と、それ以来電話がないので、ようやく理解したようです。

 夕方、認知症の人達が「徘徊」することが多いのは、黄昏時に心が不安になるからではないかということで、

 母の電話も黄昏時でした。

 心の根底に不安と寂しさがあるのでしょう。

 ただ、娘にそれを打ち明けることはできないと、そうすると娘を縛ることになると思っているようです。

 なんだか、それがいじらしくて、母の声が聴けることは幸せなことだと感じました。