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天気予報信仰

 朝起きるとスマホに入れている3つの天気アプリで今日の天気をチェック。

 5分毎、一時間ごとの変化、雨雲レーダーなど、その時々の変化する天気の予報を知ることもできます。

 それからラジオの天気予報を1時間ごとに聞いてと、自称「気象オタク」の私は、一日に何度も天気予報をチェックして、ジョギング、ウオーキング、洗濯物を干すかどうかを決めています。

 昨日はめまぐるしく天気が変化する一日でした。

 おとついの一日中降り続いた雨は明け方に止み、午前中は日差しが降り注ぎ、気温もぐいぐい上昇してきたのですが、天気予報では午後から雨になると。

 でも、この天気から雨が降るなんて予想もできない。

 しかし、天気予報でそう言っているのだからと。

 乾いたばかりの洗濯物を取りいれてしばらくすると、一遍にわかに空が暗くなり、雨が降り出しました。

 でも、天気予報ではすぐに止んで、日がさし、けれども、また雨が降るとなっています。

 実際に夕方にまた空が曇ってきて、雨が降り出しました。

 すごーい。

 テクノロジーの発達のおかげで、天気予報の精度は近年格段に上がり、そして予報の伝え方も細かくなって、実用性が高まってきていることをつくづく実感します。

 天気予報があくまで「予報」であるということを忘れてしまいそうになるほどです。

 これって、天気予報信仰ではないか。実際生じていない未来の出来事を情報から信じるということにおいて、

 「神の国が到来する」という宗教の信仰と同じはないかと。

 昨日の天気の急変も予想した天気予報に、私の天気予報信仰熱はますます高まっていきそうです。