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不適切とマイクロクレジット

 宮藤官九郎脚本、阿部サダヲ主演の「不適切にもほどがある」を面白く観ています。(ネットの再放送背信で)、   物語は昭和末期の時代から36年後にタイムスリップしたという設定で、主人公の36年前に社会的に容認されていてまったく疑問におもっていなかった当たり前とする言動、現在の視点から見ればハラスメントであるということをいちいち指摘されることに、反発を覚えながらも、次第にその意識に目覚めていくという筋です。

 それはいわゆるマイクロクレジット、差別している本人は全く意識していなくても、差別されている被害者は傷つくほんの些細なこと)のオンパレードで、物語では、それに対する自粛の行き過ぎや自粛を強調し、そしてマイクロクレジット運動が目的としている皆が平等であるという思いはどちらかというと、揶揄の対象になっているように思えることにひっかかりますが、主人公が現在ならばセクハラに値する行為が36年までは意識されず、被害を被る女性のせいとされているようなハラスメントに対して、「父親ならばしないだろう」と被害の当事者視点を持つように促すことなど、共感を覚えました。

 マイクロクレジットを、いちいち小さいことを揚げ足をとってと非難するよりも、主人公のようにその批判をとりあえず素直に受け止め、被害者の立場になって考えてみるというマイクロクレジットが本来目指していることを取り戻すことが、現在日本でそれらの動きに向けられている反動に対する抵抗になると思いました。