工業デザイナー深澤直人氏の「デザインの輪郭」の中で、「たいせつなものは、いつもあたりまえのところにある」という言葉に出会いました。
深澤氏のデザインするものは、ごく普通の生活でなにげなく使われているものの中に潜む意外性を喚起するものが多いので、その氏が「あたりまえ」を強く意識し、それをデザインとして表現しようとしていたことに少し驚きました。
しかし「たいせつなもの」というキーワードで考えてみると、たいせつなものは、私たちの日常になじんで繰り返し見て触れることができるように身近にあり、たいせつさを意識することなく(意識するとしたら、そのものが喪失したとき)「いつも」、「あたりまえのところ」に鎮座しているもの(人も含めて)であることに気づきました。
深澤氏は、その「あたりまえ」という私たちの心に潜む抽象化を、デザインとして具象化することを試みて異様で、だから氏のデザインが「あっ」という斬新性を帯びるのは、「あたりまえ」が具体的な現実のモノとして私たちの目の前に差し出されるからでしょう。
「あたりまえ」のものに囲まれて暮らすことほど幸せな感覚はないのではないか。
それはつまり、自分にとって「たいせつ」なものに常に触れることができるから。
幸せとは、「あたりまえ」のモノやコトを自分の生活空間に構築していくことなのかも知れないと
生きてきた年数が多くなるにつれて強く感じます。
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