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池内紀氏のこと

 緊急事態宣言中対策としてドイツ文学者故池内紀氏の本を12冊図書館から借りてさっそく読み始めました。

 一冊目は「ヒトラーの時代」。

 ドイツ文学者として、ドイツ人と彼らの生み出した文化に惹かれ続けてきた池内氏が、生涯心の底にあったのが、

「なぜ、あれほど理性、知性、冷静なドイツ人が、ヒトラーという狂気に熱狂的な支援を与えたのか?」という想いでした。

 本では、ヒトラーが泡沫候補として政権に登場し、やがて国民的な支持を得てナチスが大一統に上り詰めるまでの期間、ドイツ世情がどうであったのか、第一次世界大戦後、ドイツ人を覆った不安や恐怖の精神を、ナチスがいかに煽り、それがドイツ人(だけでない)の心の底に押し込めてきた攻撃性、暴力性、排他性に火をつけて燃え上がらせていったのかが、氏の独特の視点で選んだ当時のトピックスと関連して語られていて、読みながら、

「きっと私も当時のドイツ人だったら、ヒトラーを熱狂的に支持しただろうなあ。」と、恐ろしい確信を持つだろうと、当時のドイツ人の心境をわが心境として捉えることができました。

 池内氏の文章は、氏を惹きつける対象の言動への強いにシンパシーに裏付けられながら(きっと氏に強い共感を抱かせない対象は書かなかったのでしょう)、それでいて、それが客観的にどのような背景があるのかを浮かび上がらせていて、氏が描き出す対象に対する深い理解を得ることができます。

 氏が訳した絵本「ゾマーさんのこと」は、私の最も好きな、そして「恐ろしい」本ですが、第二次世界大戦後のドイツの田舎町で、ゾマーさんというエキセントリックな中年男(ひたすら街を歩き回る)とそれを不思議な思いで見守り、しかしなぜだか彼に惹かれる少年の思い出として綴られています。

 あとがきで池内氏がゾマーさんの言動について、絵本では少年の視点では理解できなかった「狂気について(戦争によるPTSD)」さりげなく触れた一言を読んで、ドイツ国民の敗戦が意味する重い実態を知ることができました。

 これからしばらく、池内節に聞きほれる幸せな日々を送ることができそうです。