磯村毅著「二重洗脳」という依存症治療法の本を読んでいます。
その中で磯村氏は、依存症の病態は、依存する物質や行為に対して、身体的依存と心理的依存の二重の依存構造になっていることを指摘しています。
そして依存症から抜け出すことを最も困難にしているのは、依存対象が欠乏しているときの身体に生じる禁断症状だと考えらえていますが、それは実は身体的なものではなく、完全に心理的なものであることを指摘しています。
したがって、依存症から抜け出すのに困難を生じさせているのは「心の依存症」であると。
依存対象となる物質や行為からある期間摂取もしくは行為しないと、身体的依存は反応としての禁断症状に襲われますが、それはそれまでどっぷり浸かってきた依存物や行為がなくなることによる一時的なリアクションであって、それは依存物質または行為そのものに対する依存症であって、「口寂しい」、「物足りない」、「むなしい」という精神状態は、依存症によって引き起こされた心理的なものであるということです。
それなのに、依存症の人は、その状態も身体的禁断症状と一緒くたにとらえ、その心理的な作用を打つ消すために再び依存物質を摂取もしくは行為することを繰り返します。
それは、依存の最初の頃、依存物質を摂取することでその強烈な刺激が脳の報酬系を刺激し、ドーパミンを大量に放出することを繰り返していくうちに、ドーパミンの受容体がすり減って、段々閾値が上がっていくために、耐性ができてしまい、同じような量では禁断症状が生じるようになり、普通の状態になるためには、どんどん量が増えていってしまうからです。
タバコが切れると「口寂しい」とか、アルコールが切れると「飲みたくなる」というのは、そのように、普通の状態がすでに禁断症状のため常に精神的に満たされない状態になっているからです。
だから、依存症治療のために一時的に依存物質を絶って、身体的に依存状態から回復して肉体的にはそれを欲していないのに、ストレスやむなしさや寂しさなどの精神状態に陥った時に、その解決手段として依存物質を再び手を出してしまう。。。という悪循環を繰り返してしまうようです。
依存症を生じさせる心理的な土壌を深く考慮した治療が求められると思いました。
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