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「薬」は得体の知れないもの

 岡本裕「薬をやめれば病気は治る」の中で、

 「薬」は得体の知れないもの

という言葉がありました。

 私たちが今食べている食べ物は、人類が長い年月の間試行錯誤’人体実験?)しながら、自然にあるものの中でこれは食べてもいいもの、悪いものと判別した結果、食べてもOKというものだけが、私たちの口に入る食べ物として認定されたものであるのに対して、西洋医学でだされる薬は、110年の歴史しかない合成の化学物質で、それを摂取したときに体の中でどのような反応が生じるのか、確かなことはまだわかっていないと岡本氏はいいます。

 臨床試験に合格するまで20年近くかかるほど製薬は厳密な動物時実験を繰り返し、それで効果があったものは、その後の人体での治験、そうして効果のあったものが薬として許可されますが、それは、あくまでも薬がもたらす副作用を上回る効果が認められた場合だけです。

 つまり薬には必ず副作用があり、体に良い作用だけをもたらすものではないということを十分心得て、それでも急性の症状を緩和するため、「期間限定」で使うべきであると岡本氏は、現在の日本医療界の薬濫用に対して異議を申し建てしています。

 確かに4年前86歳で亡くなった父、そして現在85歳の母の飲んでいる薬の量を見ると、様々な具合の悪いところはありますが、それでもなんとか普通に生活を送れている(薬のおかげ?)状態なのに、一日のべ20種類ぐらいもの薬を飲んでいます。

 医者の間では「薬5種類以上は神の領域」という言葉があるそうですが、基本的に西洋薬は一剤一作用であるため、薬同士の相互作用はせいぜい3種類ぐらいまでコントロールできるようですが、それ以上になると不明であるのが実態です。

 肝臓での薬の解毒作用の働きが衰え、心臓や腎臓の循環や代謝機能の衰えている高齢者に、老化による不可避な数々の症状に対して各々薬を処方することは、果たして本当に高齢者の健康に役立っているのだろうかと疑問に思います。

 慢性病はすべて生活習慣の歪みから生じるのだから、急性の症状に対して、それが重篤な事態を及ぼす可能性があったり、耐え難いものであったり、どうしても今その症状を抑えたい時だけに薬の服用をするべきで、その症状のもととなった生活習慣のゆがみ(食生活や生活のリズムやストレスなど)を認識し、それを自分自身で修正していくという原因に対処する方法で、それらの症状をなくしていくしかないと岡本氏はいいます。

 私自身成人してから風邪薬さえも全く薬を飲んでいなく元気です。

 少々の具合の悪さや痛みは体からの警告と考え、無理せず、自然治癒力にまかせて、治してきました。

 「薬は毒にもなりうる」という思いからですが、薬に頼らないで実際に治るのだという実感の積み重ねが、自然治癒力への信頼となっています。