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閉じ込めていた死の爆発の前に焼き尽くす

 哲学者宮野真生子、人類学者磯野真穂、往復書簡「急に具合が悪くなる」は、宮野氏が9年間患っていた転移性乳がんの標準治療が手を尽くしてしまい、医者から「これからは急に具合が悪くなる」と宣告され、からだの中に閉じこもっていた「死」が爆走しだした直後に「出会った」磯野氏を伴走者として、20年間研究テーマとして思索し続けた九鬼修造哲学の「偶然性」を、自身の生と死を一歩も引かず哲学者として言葉で捉えつくそうとした魂の軌跡です。

 出会いから宮野氏の死まで2か月。最初は宮野氏も自身の死がまだ実感できず、自分自身の体調の悪さもありましたが、それまでの闘病生活のスタイルであった「100%がん患者にはならない」を貫き、死の存在は言葉で捉える客観性のあるものとして「そうでもあるもの」として偶然性のうちにおいておけました。

 最初の二人の書簡は、そのようまだまだ偶然性をひめた死について、一方はその偶然性が実際に身動きできなくなってきている状況を生きながら、一方は投げかけられる言葉の深さを推し量りながら、自身の研究テーマである人類学のフィールドから学び取った様々な世界観から生み出される生と死に対する思いを展開していきます。

 結果として宮野氏の容態が実際に「急に悪くなっ」たため、二人の間で交わされる言葉も急速に深みを増していきました。

 自身の死を、「そうでもあったかもしれない」しかし「それでも」主体的に引き受けようとする。

 偶然性の持つ潜在性を考え抜いて、それを深く了承し、死に対峙する。

 そのためには、この魂の叫びに答えてくれる呼応者が必要だった。

 結果として2か月になった二人の出会いと別れまでの軌跡は、生と死の偶然性を言葉を持つ生物である人間がどう引き受けていくのか、いったのか、教えてくれました。

 こんなにも人は言葉を使って生と死の偶然性を超越できるのだと知りました。