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死に際への準備

 池内紀氏の「記憶の海辺」を再読しました。

 氏の生きた時代と氏自身の個人的なトピックを私小説風なエッセイで綴られたもので、

 昭和15年戦中派の世代、日本の高度経済成長期の時流から常に距離を置きつづけ、

 身近の日常的な営みに対して温かな目を向け、そして自身も自分の身の丈に合った物事を

 深く愛し、気長に付き合い、最期には一流のものにしてしまう才能をお持ちながら、それをひけらかさず、

 軽妙な姿勢を崩さず、そして「山伏のように(子息の恵氏の言葉)」逝った池内氏。

 本のあとがきで、人生に与えらえた時間は一周した。もう残された時間はわずかしかないという趣旨のことがかかれていました。

 死去1年前です。

 死の数か月前、ラジオで語っていた声を聴いて、思わず

 「池内さん、大丈夫?」と言ってしまったほど、その声は、かすれて生の勢いが欠けていました。

 たぶん死因となった心臓がかなり弱っていたと思われますが、

 最後の著作となった「スゴい、老人」の中で、老化に逆らう必要以上の医療措置はしない。と、きっぱり言っていたので、きっと、医者に勧められであろう心臓バイパスやステント手術は拒否したのだろうと思います。

 ご両親が早くに亡くなられたこともあって、自身も死について若い時から強く意識されていたように、書かれたものから感じられます。

 そして人生でやり遂げたいものを最優先に、自分の寿命の時間を考慮して、きちんと全うされた慧眼。

 池内氏には、その書かれたものだけでなく、生き様から学ぶことが多いです。