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to cope with な認知症介護

 スウェーデン人社会心理士ジョージ・キャッシュ著「痴呆(この本が翻訳された2003年にはまだ認知症という言葉は使われていなかったので)の人とともに」の中で「COPE WITH」、「COPING」という言葉に出会いました。これを日本語にすると「調整メカニズム」、「ストレスに満ちた状況をマスターするための戦術」と訳すとぴったりとくるそうですが、認知症の介護の心構えとしてふさわしい言葉だと思いました。

 この本が画期的なのは、認知症の介護について書かれた本は多々ありますが、認知症当事者の立場に立て、彼らが何を感じ、考え、経験しているのかを、認知症を「自我」の崩壊の現象と捉え、その危機に対する考慮や配慮や支援の在り方を提唱しているところです。

 86歳初期認知症である一人暮らしの母を思い浮かべながら、そして母に対する複雑な思いを抱きながらこの本を読みました。

 フロイト心理学の自我概念は、身体的感覚を基盤として、他者とのコミュニケーションによって、幾層もの構造から「私」が成り立っていると考えます。

 認知症に生じる症状は、その自我が様々なレベルで崩壊していく過程であるとキャッシュ氏は捉えます。

 「私」という基盤があやふやになり、「私」が「私」でなくなっていく現象は、認知症の人の様々な言動から垣間見られます。しかし、その世界がどうなのか、自我の崩壊を体験することの恐怖や不安や怒りがどのようなものであるのか、当事者でないと理解できないと思います。

 この本では、二人の認知症患者のモデルを取り上げ、彼らが世界をどうとらえているのか、そして彼らを介護する家族がそれをどうとらえているのかを描写しています。

 自我の崩壊によって「私」が「私」でなくなること。

 当事者も支援者も、認知症という病に対して感じる一番の辛さだとこの本を読みながら感じました。

 でも、この本で書かれているように「自我を支える対応」によって、自我の崩壊の進み具合や程度はある程度保たれつつ、認知症の老いを生きていくことは可能なのかもしれないと、希望を抱くことができました。