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夢が教えてくれる潜在的想い

 睡眠時間は6時間、超アーリーバードで3時起き(ということは9時に就寝!)で、必ず3時間経つと目が覚めてトイレに立ちます。若いときは8時間以上、途中目覚めることもなく熟睡できたのですが、40代後半ぐらいから、途中で目覚めるようになりました。でもその後すぐに眠れるので、多分、1時間半の睡眠周期の最も浅い層の時に尿意を感じて目覚めるのだろうと気にしていません。

 その途中覚醒の目覚める直前、もしくは朝の目覚めの前に、夢を見ていた時にはその内容を覚えています。

 だいたい前日の出来事について反芻していたり、日常生活の続きのような夢が多いですが、たまに、「へぇ~」と感じるような夢があります。

 それは日頃は全く感じていない親しい人に対する強烈な「嫉妬心」です。

 私は父の性格に似て自閉症傾向があるためのか、あまり人が気にならなく、人と自分を比べることはないので日頃、嫉妬心を抱くことはほとんどないのですが、今まで強烈に嫉妬心を自覚したのは、夢においてだけでした。というか、「嫉妬ってこのような気持ちなのね。」と、夢で悶えた感情によって嫉妬の情感を知ったのでした。

 それも最も親しい最愛の友人に対してなのが意外で、その嫉妬の内容が、その人が実際はそうではないことに対してで、その内容が自分でも意識していないようなことだったので、またまた意外でした。「へえ~。私はそのようなことを欲していたんだ。」って。

 ということは、私が友人に対して肯定的な友情を抱き続けることができるのは、彼女が私の嫉妬を掻き立てるものを体現していないからであるからで、もし友人が嫉妬の対象となるようなものを持っていたら、私はアンビバレンツな気持ちになってしまうのかなあと。

 そして世俗的な欲望からはわりと自由になっていたつもりなのに、実は心の奥底には押し隠していたそれらがあったのだということにも気が付きました。

 認知症になった時、本人が自覚できず、周囲が戸惑い否定的な気持ちになるのは、虚栄心であることが往々にあるようです。実はそれは老いて人に世話にならざるを得ない不甲斐ない境遇からくるプライドの攻防からきているようです。

 本人が意識的であった時には、ちょっと口にして人からの称賛を受けてその時だけ虚栄心が少々満足できるという、「ささやかな」プライドを満足させるものであったのに、その制御ができなくなってきているからであって、もし、認知症でなくて、そのような自分を意識できたならば、本人自身がそんな自分を恥ずかしかったり、なさけなくなったりするだろうと認知症の専門医の人が言っていました。

 夢で教えられた自分の中の嫉妬心は、そのような意識の奥底にある私のプライドを知らしめるものかもしれないと思い。遺伝的にも認知症になる可能性の高い私は、自分の中のプライドとうまく決着をつけておかなければならないと戦々恐々としてしまいました。